選句コメント ２月
■土生 依子選‐１
・立冬や昼の湯浴みに疲れをり 原田 豊子
施設では入浴の時間も決められているのだろう。いろいろ気づかいも多いのかもしれない。
・指先を流るる水も風斎忌 北村 典子
日常的な手を洗うという瞬間にも生かされている事を実感する。風斎忌であれば尚更。
・帚目を残し石蕗咲く夕明り 原 とく江
丁寧に庭を整えている作者に夕暮は早く来る。ふと気づくと石蕗の明りが点っていた。
・野仏や凩の中ただひとり 清水 智明
愛妻を亡くされて独り暮らしをなさっている作者。凩の中の野仏に身を重ねている。
・玲瓏の風を集めて菊満開 井上 春枝
玲瓏とは玉などが透き通って明るく光り輝く様。菊日和の爽やかな風を感じる一句。
・雪の黙枯山水の波の黙 岡 美代子
しんしんと降る雪が石庭の波紋を消していく静謐な時間を感じさせる。対句の妙。
・人生の正解は何処年の暮 新堀 和子
人生に正解があるのか無いのか解らないが、年末には立ち止まって考えて見たくなる。
・凍雲に百年前のアルミ色 澤井 誠一
凍雲を見てはるか昔へ思いが帰っていく感性に驚いた。まさに凍雲の色はアルミの色だ。
・思ひ出は形状記憶古日記 市川 良弘
布に使う形状記憶という言葉を時がたてばなお美しく思われる思い出に譬えてユニーク。
・火の番を追ひ越して行くハイヒール 川前 明
拍子木を鳴らしてゆっくり町を歩く人と慌ただしく急ぐ人。どちらも師走の一風景。
■土生 依子選‐２
寄生木は魔女の謀り冬の月 川嶋 克弘
寄生木は落葉樹に寄生したこんもりした固まり。誰かが悪戯でもしたような不思議感がある。それを魔女の謀りと捉えた感性が鋭い。少し怖い童話の世界に誘われそうだ。
冬麗や龍の化身の雲奔る 林 恵子
穏やかで温かい冬の日、視界を遮るものの無いところに立っていると龍の化身のような雲が眼前を奔った。何か良いことが起こりそうな予感。龍は瑞祥。耽美的な一句。
あの頃やゐろり端には家長の座 佐藤カネミ
家長制度が廃止されたのは、昭和二十二年なので、あの頃とはそれ以前を思い出しているのだろう。今となっては少しだけ懐かしい気もしているのかもしれない。
刈田道詩を書く理由問うてゐる 林 まり子
今年も収穫が終わった刈田道を歩きながら、お米は確実に血となり肉となって体を支えてくれるが、はて？詩は何の役に立つのだろうか。ふとそんなことを思う作者の一瞬。
大根を煮る間折り紙してやらう 加藤 れん
大根はなぜか厚切りが美味しく、それを柔らかく煮るにはちょっと時間を要する。そんな隙間時間の活用に折り紙は持ってこいのお遊びだ。忙しい子育てママの知恵。
冬の星億光年を朗読す 大橋 千景
今年も残す所少なくなったが、特に今年はそれぞれの分野で大活躍している多くの人が亡くなってしまった気がしている。谷川俊太郎もその一人。この句は氏への追悼句。
病む喉に花梨酒漬くる夕厨 黄瀨 早苗
ここのとこ冬晴れの日が続いており、空気も乾燥し切って、多かれ少なかれ喉の異常を感じている。自家製の花梨酒はその喉を癒してくれるだろう。丁寧な暮らしぶり。
鶏鳴の光生まるる初氷柱 黒岩 健
鶏鳴は一番鶏の鳴くことという意味から転じて暁とか夜明けを意味する言葉。まだ人の動きが無く清らかな光だけが氷柱を貫いている。初氷柱なので一層美しい景だ。
墓石に凍蝶がゐて忌日なり 小西 雄子
忌日の墓参りに行ったところ、墓石に凍蝶を見つけたじっと動かない蝶は、こころなしか故人を偲んでいるかのように見えた。この蝶の越年も祈りたくなった。
野暮が良しひつそりも好き石蕗の花 富樫 久江
石蕗の花は決してお洒落な花ではなく確かに野暮ったくもあり、ひっそりと咲いている。しかしどういう訳か存在感があって立ち止まって見てしまうのだ。その不思議さ。
ふくらみし未来色どりどり冬木の芽 本間 洋子
どちらかと言えば、特に冬は暗い句が多い中で、前向きな明るい一句。冬木の芽はすでに咲くべきそれぞれの色を蕾の先端に見せていそうだ。待春の一句。
西暦の生年月日文化の日 水口 博恭
天皇制を採っている日本の和暦が、文化も表しているようで好きだが、さすがに、大正・昭和・平成・令和と年号が変わると、諸々の計算が厄介だ。西暦もいい点がある。
古書街に風の渦巻く年の暮 服部 圭仙
古書街というと神田神保町あたりをすぐイメージするが、あの街の独特な雰囲気や古書店の匂いは、何故か郷愁を誘う。年の暮は過ぎ去ったものへの思いが、渦巻く。
あの父が浮足立つてゐる師走 藤田 一知
いつもはどっしりと落ち着きがあり、威厳ある父にもやり残したものがあるのか。はたまた来るべき正月に向けて準備に勤しんでいるのか。何れにしても父の別の一面発見。
鯛焼はうつかりとして泳ぎ出し 細貝 昭吾
もう五十年近く前のことだが、子門真人の「およげ！たいやきくん」という歌が大流行したのを懐かしく思いだした。「あっちいちい」と落としそうになりながら食したか。
四季でなく二季となりしか十二月 山岸 康子
この年の異常気象を三つの数詞でうまく表現した。日本の特色である四季がなくなることは日本人にとって大問題。まして俳人にとっては死活問題？ともなりそうな事態だ。
静かなる霜夜の吐息酵母菌 武藤佐枝子
酒造りをしている工房の雰囲気を余すところなく表現している。水の綺麗な村の霜夜。静謐な雰囲気の中で酵母菌が発酵する音が吐息のように聞こえてくる。
冬ぬくし野草茶の香に満たさるる 吉澤 弘子
具体的に何の野草のお茶かはわからないが、野草茶は健康にいいとか。きっと良い香りもするのだろう。贅沢な物より自然なものを好む穏やかな日常が想像できる。
思ひ出に掛かる重力陶火鉢 米林 ひろ
確かに思い出にも重さがあると思えた。どちらかというと人生の何かに変化を齎すような思い出であったのか。陶火鉢の重々しさがそんなことを想像させる。
■土生 依子選‐３
幸せの波紋ささめく浮寝鳥 中瀬 由利
浮寝鳥は首を翼の中に入れて眠っている水鳥の事。無防備で幸せそうにも見えるが、どこか不安げにも見える。幸せはもしかして掴めそうで掴めないものかもしれない。
かりそめに風花ふらす風斎忌 碓井 昭司
下伊那郡にお住いの作者だが、通信欄に青柳寺を訪ね、住職の奥様に句碑を案内していただいたと書いてあった。晴れが多い風斎忌だが心の凬花を降らせてくれて感謝。
木枯らしに梳る鋸屋根廃墟 大槻 海礼
鋸屋根は鋸の歯に似た三角屋根の建物で、主として紡績・織物・染色関係の産地に見られる工場建築の事。今はもう廃墟になっているところに容赦なく木枯らしが吹き付けている寒々とした景。
