選句コメント 7月

■土生 依子選‐1

・夜の新樹濃くなるものに人の縁    米林 ひろ

昼は透き通るような新樹も夜になると印象が変わる。時間とともに変わるものに着目。

・夏帯を泳ぐ金魚の尾の長し      村山 百夏

夏帯にあたかも生きているような金魚の絵が描いてあるのだろう。いかにも涼し気である。

・夏の日に化粧箪笥の畳跡       澤井  誠一           

和風旅館の一部屋か。箪笥の位置を変えると、そこだけが焼けずに白く残っていた。

・薄暑光本気で向かふ仕事替へ     岡 美代子

転職をするにはそれなりの覚悟がいるだろう。本格的な暑さが来る前に本気で向き合う。

・子供の日女児のしぐさは親相似    中村トセ子

親子というものは顔だけでなく仕種まで似てしまうものだと改めてその不思議を思う。

・母の日やカーネーションも改良種      山下 茉莉      

変わらないのは母の愛だが、その日に贈る花のなんと改良種の多いことか。選ぶ楽しみ。

・江の島の神に逢ひたくなる五月    黒田  みゑ          

江の島は気軽に行ける海。爽やかな五月になると祀られている弁天様に誘われる。

・雀の子窓に来てゐる美術館      小林 茂美

雀は一番身近な可愛い鳥。美術館を覗いているのか。平和で明るい一風景が見える。

・挨拶の垣根を払ふ青葉風       内野  仁

夏めいてくると皆解放的になり、垣根を越えてのおしゃべりも弾む。青葉風に押されて。

・からつぽの日向に揺るるけしの影   成瀬 靖子

ただ広い野原か街路か。外来種のけしがはびこっている。毒性があるので微かに不安。

■土生 依子選‐2

悪童を本気で諭すサングラス      川嶋 克弘

本気で向き合わなければ負けてしまうような凄みのある悪童。諭すほうも少し勇気がいるかもしれない。サングラスをかけて少し武装しつつ、真摯に立ち向かっている。

楠若葉風の小僧の隠れ場所       勝山美代香

 楠若葉は公園や神社などに植えられていて、木の頂から湧くように若芽が出て色合いが美しい。その間に風の小僧が隠れているとは童話を読むようで爽やかさのある一句。

  囀りや切株に置く泥だんご        金田 英子

 囀りの聞こえる公園で幼児が砂遊びをしている。お団子を作っては切株に運んでいる可愛い姿が目に浮かぶ。

その姿を見守っている温かい目も感じられる。

 善人に満たされてゐる薔薇園        黒岩 健

薔薇をわざわざ時間をとって見に行きたいと思う人は、善人に違いないと断定した面白さ。確かに美しいものを美しいと感じられる人に悪人はいなさそうだ。そして作者も。

そこ迄の筈の道草祭り好き       富樫 久江

祭笛に誘われてか少し道草をしていこうと思っている。しかし、屋台などにも誘われて、気が付くと遠くまで来てしまった。懐かしい金魚掬いや焼きそばのいい匂いもする。

この子らにずつと幸あれ子供の日      安保 郁子    

何が辛いかというと、映像で見る子供の戦争での犠牲である。子供が亡くなったり、飢えに苦しんだり、これだけは避けなければと思う。子供を守りたい切実な願い。

蚊の柱夕日の粒をこぼしけり       安藤 修一

蚊の柱は、目の前に現れて行く手を遮る、いわゆる蠛蠓(まくなぎ)のこと。うっとうしくて余りいいものではないが、折からの夕日を粒のように感じたか。俳人らしい余裕。

ゆで卵するつと剥けて新学期         大橋 千景

ゆで卵をするっと剥くにはコツがあるそうだが、するっと剥ける日はそれだけで、少し幸せな気分になる。しかも今は新学期。新しい環境の中で頑張っていけそうだ。

自らの歩幅合はすや蟻の道          菊池  祥子

良い季節になり蟻も活発に動き出した。歩いていると蟻の行列に出くわしたのだろう。踏みそうになり一瞬歩を止め、蟻を踏まないよう速度を緩めた。小さき命への慈しみ。

目借時読みかけ文庫滑り落ち         佐藤カネミ

春の気持ちの良い日差しの中で、お気に入りの椅子に座って本を読んでいるのだろう。ふと気づくと居眠りをしてしまい、何度か本を落としてしまう。長閑な幸せな時間。

黒南風や目尻を上げるアイライン       鈴木 孝子

お化粧は女性を元気にする魔法のツール。黒南風の鬱陶しさも払いのけてくれそうだ。黒南風とアイラインの取り合わせがユニーク。今日は何か勝負したい事があるのだ。

食パンの小さな窪み風薫る      中瀨  由利

一日の始まりの朝食か。食パンをトーストにしようと手に取ると、小さな窪みに気づいた。些細な日常の気づきだが、丁寧に暮らす人の爽やかな朝である。お仕事頑張って!

■土生 依子選‐3

春蟬に宿酔の耳明け渡す         平本 牛生

宿酔はいわゆる二日酔い。何となく気怠い朝だが、もう

春蟬が鳴いてるではないか。しばらくは、ただその声だけに耳を傾けている作者。耳明け渡すの表現が上手い。

黒きミシン廊下に重き麦の秋     おおもりじゅん子

今はもう博物館に展示してあるようなミシンが捨てられず廊下に置いてある。その掃き出しの窓から畑が見えるがすっかり小麦色に熟している。どちらも少し重々しい風景。

入学や本気度実り希望校        藤田 瑞江

本気が月例句会の兼題であったが、本気を出すのは案外難しい。入学にも不本意な入学もあるが、希望校への進学は嬉しく、エールを送りたくなる。未来が明るい。

花吹雪浴びて揺らぎて風見鶏          富田  町子

屋根に風見鶏が付いているお洒落な家だ。赤か青い屋根を想像した。その屋根を包む花吹雪と回る風見鶏。明るい春の動きが、爽やかに感じられる一句だ。

夏帯を解きてほぐるる気のつかれ   川村 尚子

「花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ」という久女の句を思い出した。あの句は花疲れだが、この句は茶会や結婚式などの緊張の後の疲れか。いずれにしても女性らしい感性。

春の朝棺の伯母の軽さかな        井手和保里

大切な伯母様への追悼句。もともとスマートな方だったのか、闘病の末の軽さなのかは分からないが、その軽さに悲嘆の思いを深くされたのだろう。春が救い。

 ふんはりと空を巻き込み春キャベツ 外川 真澄              

まだ収穫される前の畑の立派に育った春キャベツを想像した。青いしっかりした外側の葉が空に向かって、心もち開いている。キャベツが空を巻き込むという表現が俳諧的。

散りてなほ余情忘れぬ桜かな      菊田 静惠

世の中に桜がなければどんなにか心は長閑だろうかと歌ったほど、桜は人の心を乱しもする。しかし散っても花筏になったり蕊を降らせたりする。まさに余情の深い花。

  夜の百合雨の匂ひの近付けり       峯岸 淡景      

百合は昼でも匂いの強い花であるが、静かな夜にはいっそうその匂いが強く意識される。と同時に雨が近づいている匂いや気配も感じているのだ。嗅覚が鋭く働いている。

  上衣脱ぐこともくつろぎ五月かな     吉川美智子 

 五月はもう初夏で、時折暑いくらいの日があったりする。

公園のベンチなどに腰かけて、上衣を脱ぎリラックスしている人を見る。みんな新しい環境に慣れてくる頃合いだ。